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建学の精神
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和を以って貴しとなす。
和とはすなわち愛である。教師と生徒の関係においては、師弟愛となり、生徒間にあっては友愛となって、人間関係の輪を広げる。
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校訓 |
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剛健・・・・・男らしい人間になろう。
創造・・・・・自分の持ち味を生かそう。
友愛・・・・・人との関係を大切にしよう。 |
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憲法・教育基本法の精神にのっとり、真理と正義を愛し、勤労を重んじ、平和を希求する、民主的にして健全な人間の育成に努める。
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重点目標(ビジョン) |
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私立学校として高等学校教育を担う本校の使命(ミッション)
| 1. |
山陽高等学校99年の伝統を継承し、文武両道の教育を実施し、生徒一人ひとりの進路実現を図る。 |
| 2. |
私学の特色を発揮し、保護者、同窓会、地域が一体となって21世紀の社会で活躍出来る、個性豊かで有能な人材を育成する。 |
| 3. |
本校の建学の精神である『「和」(和を以って貴しとなす)』の教えのもと、師弟愛、友愛を基底に据えた教育活動のもと、心温かい人材を育成する。 |
| 4. |
教職員の資質向上に努め、県民・市民から信頼される公教育の創造と確立を図る。 |
使命の追及を通じて実現しようとする本校の将来像(ビジョン)
| 1. |
信頼され県民・市民から選ばれる学校
・生活規律が確立出来ている。(当たり前のことが当たり前に出来る)
・多様な教育実践の中で、確実に学力を身につけ、進路実現が出来ている。
・部活動が活発で、常に県のリーダーシップがとれている。
・生徒の自主活動(特にボランティア活動)が活発で、地域に貢献できている。
・施設・設備が充実し、教育環境が整っている。 |
| 2. |
開かれた学校
・情報の公開とアカウンタビリティすなわち説明責任が徹底出来ている。
・保護者、中学校、及び地域社会との連携が十分出来ている。 |
| 3. |
明るく、活力があり、安心して学べる学校
・生徒は挨拶、教職員はあらゆる場面で心のこもった接遇が十分出来ている。
・危機管理体制を確立し、生徒が安心して学べる環境が整っている。
・校長を中心とした校務運営組織を確立し、部長・主任等のリーダーシップが十分発揮されている。 |
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校歌 |
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| 一、 |
万象てらす天つ日の 光隈なき山陽の
名に負う園の教え草 摘むや青衿庭も狭に |
二、 |
はてし知られぬ広島の 広野わけゆく太田川
清き流れにむらぎもの 心の塵を洗いつつ |
三、 |
高き理想をいやそゝり 進取の旗幟をひるがえし
文化の海に船出して いざや進まん諸共に |
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應援歌 |
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| 一、 |
起て若人よ 吾が健児
天地に轟く 咆哮は
熱意に燃える 雄叫びぞ
進む正義に 敵はなし
フレ、フレ、山陽 フレ、フレ、山陽 |
二、 |
征け若人よ 吾が健児
さかまく怒濤 乗りこえて
山陽魂 体当り
進む正義に 敵はなし
フレ、フレ、山陽 フレ、フレ、山陽 |
三、 |
勝て若人よ 吾が健児
吠えろ山嶽 打ち震う
輝く伝統 我が校旗
最後の勝利は 我れにあり
フレ、フレ、山陽 フレ、フレ、山陽 |
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学校の沿革 |
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| 明治40年 |
4月 8日 |
石田米助により広島市宝町に中学校を創立 |
| 昭和 8年 |
1月27日 |
山陽商業を創設 |
| 昭和20年 |
8月 6日 |
原爆のため校舎及び付属施設全焼 |
| 昭和21年 |
4月17日 |
広島市元宇品町旧高射抱隊跡を仮校舎として授業再開 |
| 昭和22年 |
3月31日 |
学制改革により新制中学校併設 |
| 昭和23年 |
3月12日 |
広島市宝町の新築校舎に復帰 |
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5月 3日 |
学制改革により新制高等学校普通科、商業科に改める |
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6月 1日 |
高等学校に定時制課程を置く |
| 昭和35年 |
1月26日 |
広島市観音新町の県有地払い下げを受け、工業科(機械科、電気科)を創設 |
| 昭和41年 |
4月 1日 |
全課程を宝町校地より観音新町校地に移す |
| 昭和46年 |
12月23日 |
校長に滝口忍郎(元県教育長)就任 |
| 昭和47年 |
4月 1日 |
石田学園と分離し、山陽中、高等学校は新学校法人広島山陽学園として発足 |
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(理事長 正岡旭)中学校生徒募集停止 |
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6月16日 |
校長に宇都宮満(元県高等学校校長会会長)就任 |
| 昭和48年 |
7月 1日 |
格技場及び食堂(3階建)完成 |
| 昭和49年 |
6月10日 |
視聴覚教室完成 |
| 昭和50年 |
4月 1日 |
電気科生徒募集停止、LL教室完成 |
| 昭和53年 |
5月 1日 |
校長に浜本正弘(元県教育次長)就任 |
| 昭和54年 |
2月15日 |
五号館防音対策工事完了 |
| 昭和58年 |
1月31日 |
二号館改築工事完了(4階建、図書館、製図室、普通教室、その他) |
| 昭和59年 |
4月24日 |
理事長に滝口忍郎就任 |
| 昭和60年 |
4月 1日 |
校長に児玉稔(元県中学校校長会会長)就任 |
| 昭和61年 |
4月 1日 |
理事長に宗政美三(元県弁連会長)就任 |
| 昭和61年 |
〜平成元年 |
体育館・正門門標・商業科OA教室・LL教室 改修工事完了 |
| 平成 2年 |
2月27日 |
理事長に山本 誠就任 |
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4月 1日 |
校長に秋岡 修就任 |
| 平成 4年 |
3月 3日 |
校長に大石昌之就任 |
| 平成 5年 |
4月 1日 |
普通科にAコース、体育コース設置、商業科を情報処理科へ改組 |
| 平成 7年 |
3月16日 |
一号館、研修館完成 |
| 平成 9年 |
4月 1日 |
OA教室設備更新、ワープロ新機種45台導入 |
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情報処理室設備更新、PC新機種ネットワーク45台導入 |
| 平成10年 |
3月 7日 |
理事長職務代理者に佐保文生専務理事が兼務で就任 |
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4月 1日 |
校長に脇 康冶(元県立図書館館長)就任 |
| 平成12年 |
4月 1日 |
普通科に国際情報コース設置 |
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10月17日 |
理事長に岸 英雄就任 |
| 平成13年 |
8月31日 |
二号館〜五号館校舎外壁改修工事完了 |
| 平成14年 |
4月 1日 |
情報処理室・OA教室PC更新、普通科情報教室完成、機械科PC更新 |
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8月28日 |
機械科マシニングセンタ・NC旋盤設置 |
| 平成15年 |
4月 1日 |
普通科(一般)に選択パック制導入 |
| 平成16年 |
4月 1日 |
校長に津田義則就任 |
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9月10日 |
ソフトテニスコート人工芝工事完了 |
| 平成17年 |
10月30日 |
野球部室内練習場完成 |
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